仙台高等裁判所 昭和40年(ネ)76号 判決 1966年5月18日
控訴人
国
右代表者法務大臣
石井光次郎
右指定代理人
青木康
(ほか五名)
被控訴人
小野忠昭
右訴訟代理人
太田幸作
同
日野市朗
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。<以下―省略>
理由
一、控訴人が昭和三一年四月林野庁一般職員として控訴人に雇用され、以後白石営林署に勤務して公共企業体等労働関係法(公労法)の適用をうける職員であること、同人は昭和三三年一二月九日当時、同署経営課造林係に所属し、一三日間の年次有給休暇請求権を有していたこと、同人は同月九日同署備付の年次有給休暇簿に同月一〇、一一日間年次有給休暇を請求する旨記載し、これを所属の経営課長を経由して白石営林署長に提出し、右二日間の年次有給休暇を請求し、この両日出勤しなかつたこと、同署長はこの請求を不承認として欠勤に取扱い同月二五日に支払うべき賃金からこの欠勤分として金六五〇円を差引いたことは当事者間に争いがない。
以上の争のない事実によれば、被控訴人は公労法第二条第二項第二号所定の職員であるから、同法四〇条第一項第一号により国家公務員法第三条第三項並にこれに基ずく人事院規則の適用が排除され、年次有給休暇については労基法第三九条の規定がそのまま適用になるものであること明らかである。
二、被控訴人は、労基法所定の年次有給休暇請求権であるからその効果が生ずるためには使用者の承認を要しないと主張し、控訴人は、この権利は使用者に対して有給休暇の付与承認を請求し得る請求権たるに止まるものであるから、使用者の承認のない限りその効果は生じないと主張するので、まずこの点について判断する。
労基法第三九条第一、二項は、労働者が所定の期間、所定の割合以上の出勤で継続勤務をした場合に、使用者はその労働者に対して所定日数の有給休暇を与えなければならないと規定しているのであるが、思うに、この規定は、休日のほかに毎年一定日数の有給休暇を与えることによつて労働者の心身の疲労を回復させ労働力の維持培養を図るという生産性の見地からする考慮も其処に存するとは言え、その主たる立法の趣旨は、労働契約が生きた人間の労働力の売買(即ち労働時間内の拘束)を内容とするものであるところから、憲法第二五条の精神に従い、同法第二七条第二項を具体化するものとして、労働者が人たるに値する生活を営むことができるようにするために、その最低労働条件を定めたものであつて(労基法第一条参照)、労働者に賃金を得させながら、一定期間労働者を就労から開放することにより、継続的な労働力の提供から生ずる精神的肉体的消耗を回復させると共に、人たるに値する社会的文化的生活を営むための金銭的、時間的余裕を保障しようとするところにあると解するのが相当である。而して、労基法第三九条第一、二項の要件が充たされた場合には、法の定める労働条件の一として、使用者は一定日数の労働義務を免除し労働者を就労から開放することを国家から一方的に義務づけられるのであり、反面、労働者はそれによつて当然一定日数の労働義務を免除され、その日数の就労から開放されるという一種の種類債権を取得することになるのであるから、この権利義務発生のために更に労働義務免除という使用者の意思表示を必要とする余地はない訳である。
そしてこの種類債権は一定日数の労働日が個々に指定されることによつてその目的物が特定され、その特定された日が有給休暇となつてその日の労働義務は消滅することになるのであるが、同条第三項が「使用者は有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。但し請求された日に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることが出来る。」と規定しているのは、有給休暇の日を何時に指定するかは労働者を使用して事業の運営に当る使用者にとつても重大な関心の存するところではあるけれども、前示のとおり有給休暇の制度は労働者が人たるに値する生活を営むことが出来るように保障することを主たる立法の趣旨とするものであるところから、この趣旨に照して、労働義務の免除される休暇の日はまず労働者の意思に従つてこれを決定させることが最も効果的であるとの見地に基ずき、この指定権を特に労働者に与え、唯、同項但書の事由がある場合に限つて使用者は労働者の指定を拒否し別の時季を更に指定するよう労働者の意思を聞くことが出来るものとして、その限度で使用者の利益との調整を図つたものと解すべきであるから、有給休暇が何時取られるべきかは、右但書の事由とこの事由による使用者の拒否の無い限り、労働者の指定によつて決定され、その外に更に使用者の承認を得ることは必要でないと言うべきである。従つて、労働者から有給休暇の請求、即ち有給休暇日の指定があつても、使用者の承認がない以上、有給休暇にはならないという控訴人の主張は採用することができない。
控訴人は、労基法第一一九条が同法第三九条違反の罪に対し刑罰をもつて臨んでいるのは、右第三九条において、休暇の効果発生前における使用者の行為(承認若しくは不承認)を予定しているからであると主張するけれども、有給休暇となるべき日が、前示のとおり、法律的には労働者の意思によつて一方的に決定され得るものであるとは言つても、現実の社会生活において経済的な実力の相違から使用者に対して従属的地位を余儀なくされている労働者の権利行使、若くは有給休暇を現実にとることが使用者によつて事実上妨害されることはあり得ることであり、この罰則の規定は労働保護法としての性格を有する労基法がかかる場合を考慮して労働者保護の見地から、前示有給休暇指定権の正当な行使乃至はその行使の効果として現実に有給休暇をとることが使用者に事実上妨害されることを防止するため、その妨害行為を「第三九条違反」として刑罰をもつて臨んでいるものと解せられるのであるから、これをもつて前示の判断を左右する根拠とは認め難い。
三、控訴人は、被控訴人が本件有給休暇を請求した真の目的は気仙沼営林署における違法不当な大衆交渉に参加し、この斗争を支援することにあつたのであり、他面、年次有給休暇の制度は、長期労働によつて低下する労働力の維持培養を目的とし、それ故に使用者に対し、労務の給付を受けないで賃金の支払義務を強制しているものであるから、本件のような請求は信義則違反、或いは有給休暇請求権の行使として本来認められている範囲を逸脱した権利の濫用であると主張する。
(一) しかしながら、年次有給休暇というのは、前示のとおり、労働契約が生きた人間の労働力の売買を内容とするものであり、その性質上就労時間内の拘束を伴うものであるところから、賃金を得させながら、一定期間労働者を就労から開放することにより、労働者をして金銭的にも時間的にも人たるに値する生活を営むことが出来るように保障することを主たる立法の趣旨とするものであると理解すべきものであり、有給休暇請求権と言うのはかかる趣旨で設けられた有給休暇日の指定権を意味するものと解せられるのである。而して、この指定権は労基法の規定によつて労働者に附与されているのであり、この指定によつて当該指定日の労働義務は消滅し(即ち、その日は休暇となり)労働者はその日の就労から開放されることになるのであるが、労働者がこの休暇を如何なる目的で如何なる用途に利用するかはわが国における法律の何等関知しないところであるから、就労から開放されるという本質において有給休暇もまた一般の休日と異るところはないのである。唯、異るところは、それが有給であるという一点であるが、これとても有給休暇に賃金が支払われるのは、その期間中労働者に対して何等かの休暇利用目的の制限若くは使用者の支配を存置せしめようとするためではなく、労働者が就労から開放されて人たるに値する生活を現実に営むことができるようにその金銭的根拠を保障しようとする趣旨に基ずくものと解せられる(労基法第一条参照)のであるから、このことをもつて有給休暇の本質が右と異るものであると言うことは出来ない。
そして、就労から開放される有給休暇日において、労働者がこれを如何なる用途に利用するかは、一般の休日と同様に、もとより労働者の自由であると言うべく、労働者としては有給休暇の請求に際しては単に休暇となるべき日を指定しさえすればそれで十分であつて、休暇利用の方法用途まで一々申出る必要はないと解せられるのであるから、このような休暇の利用目的如何によつて、有給休暇の請求自体が本来認められている範囲を逸脱しているとか、逸脱していないとか言うのは当らないのである。労基法第三九条第三項但書の事由による使用者の拒否がない限り、労働者は何時でも自己の希望する時期に休暇となるべき日を指定して就労から開放され、その休暇日を自らの責任において自由に利用することができる、これが労働者の権利として労基法の保障するところである。
従つて、控訴人は、被控訴人が本件有給休暇を請求した真の目的は違法な大衆交渉に参加し、この斗争を支援することにあつたと主張するけれども、譬えそうだとしても、それは労基法の定める有給休暇請求権の行使とは次元を異にする休暇の使用目的という別異の事項について被控訴人がその責任で決定したまでのものというべく、有給休暇請求権の行使としてはなお依然として法によつて与えられた正当な権利行使の範囲内にあると認むべきものであるから、その行為が労基法以外の分野において懲戒若くは刑罰等の対象として問擬される場合のことは格別、これをもつて信義則に反するとか有給休暇請求権の行使として本来認められている範囲を逸脱したものであるとか、権利の濫用であるというのは当らない。この点に関する控訴人の主張は採用することが出来ない。<以下―省略>(田中宗雄 松本晃平 藤井俊彦)